2007年10月29日

東京散策 第60回

竹の塚・炎天寺を訪ねて《後編》
〜小林一茶の名句が生まれた蛙の寺〜

炎天寺写真3

炎天寺写真4

幡勝山成就院 炎天寺
(ばんしょうざん じょうじゅいん えんてんじ)

宗派:真言宗豊山派
本尊:阿弥陀如来
交通:東武鉄道伊勢崎線「西新井」駅東口から徒歩15分

炎天寺は平安期の末、1056年(天喜4年)に創建された。同年旧暦6月に、奥州の反乱を鎮圧に赴く源頼義や八幡太郎義家父子の率いる軍勢が、野武士と戦い苦戦となったが、京の岩清水の八幡宮に祈念し勝利を得ることができた。そこで寺の隣に八幡宮を建立し、地名を六月村と改め、寺名を源氏の白旗(幡)が勝ったので幡勝山、戦勝祈願が成就したので成就院、気候が炎天続きだったので炎天寺としたと伝えられている。小林一茶の句で知られ、毎年「一茶まつり」が行われ、同時に全国小中学生俳句大会も開かれている。

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2007年10月23日

東京散策 第59回

竹の塚・炎天寺を訪ねて《前編》
〜小林一茶の名句が生まれた蛙の寺〜

炎天寺写真1

炎天寺写真2

幡勝山成就院 炎天寺
(ばんしょうざん じょうじゅいん えんてんじ)

宗派:真言宗豊山派
本尊:阿弥陀如来
交通:東武鉄道伊勢崎線「西新井」駅東口から徒歩15分

炎天寺は平安期の末、1056年(天喜4年)に創建された。同年旧暦6月に、奥州の反乱を鎮圧に赴く源頼義や八幡太郎義家父子の率いる軍勢が、野武士と戦い苦戦となったが、京の岩清水の八幡宮に祈念し勝利を得ることができた。そこで寺の隣に八幡宮を建立し、地名を六月村と改め、寺名を源氏の白旗(幡)が勝ったので幡勝山、戦勝祈願が成就したので成就院、気候が炎天続きだったので炎天寺としたと伝えられている。小林一茶の句で知られ、毎年「一茶まつり」が行われ、同時に全国小中学生俳句大会も開かれている。

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2007年10月17日

東京散策 第58回

第58回 世田谷・豪徳寺を訪ねて《後編》
〜招き猫で知られる井伊家ゆかりのお寺〜

豪徳寺写真3

豪徳寺写真4

大溪山豪徳寺
(だいけいさん ごうとくじ)

宗派:曹洞宗
本尊:釈迦如来
交通:東急世田谷線・宮坂駅すぐ
   小田急小田原線・豪徳寺駅から徒歩10分

文明12年(1480年)吉良頼高の娘の弘徳院のため創建され、初め臨済宗に属したが、天正12年(1584年)曹洞宗に転じた。寛永10年(1633年)、世田谷を領した彦根藩主・井伊直孝が井伊氏の江戸菩提寺として伽藍を創建し整備した。万治2年(1659年)直孝が没すると、その法号にちなみ豪徳寺と寺名を変更。幕末の彦根藩主で万延元年(1860年)江戸城桜田門外で暗殺された井伊直弼の墓もある(都指定史跡)。招き猫発祥の地とされ、招猫観音を祭る招猫殿への参拝者も多い。


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2007年10月11日

東京散策 第57回

第57回 世田谷・豪徳寺を訪ねて《前編》
〜招き猫で知られる井伊家ゆかりのお寺〜

豪徳寺写真1

豪徳寺写真2

大溪山豪徳寺
(だいけいさん ごうとくじ)

宗派:曹洞宗
本尊:釈迦如来
交通:東急世田谷線・宮坂駅すぐ
   小田急小田原線・豪徳寺駅から徒歩10分

文明12年(1480年)吉良頼高の娘の弘徳院のため創建され、初め臨済宗に属したが、天正12年(1584年)曹洞宗に転じた。寛永10年(1633年)、世田谷を領した彦根藩主・井伊直孝が井伊氏の江戸菩提寺として伽藍を創建し整備した。万治2年(1659年)直孝が没すると、その法号にちなみ豪徳寺と寺名を変更。幕末の彦根藩主で万延元年(1860年)江戸城桜田門外で暗殺された井伊直弼の墓もある(都指定史跡)。招き猫発祥の地とされ、招猫観音を祭る招猫殿への参拝者も多い。


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2007年10月05日

東京散策 第56回

第56回 あきる野・大悲願寺を訪ねて《後編》
〜伊達政宗の心をとらえた白萩のある名刹〜

大悲願寺写真3

大悲願寺写真4

大悲願寺
(だいひがんじ)

宗派:真言宗豊山派
本尊:伝阿弥陀如来三尊像
交通:JR五日市線、武蔵五日市駅より徒歩20分

大悲願寺は、1191(建久2)年に源頼朝が壇越となり、澄秀を開山として平山季重が創建したと伝えられる。開山の澄秀が醍醐の三宝院と関係があったことから、長く同院の末であったが、1896(明治29)年に大和の長谷寺の末となった。9月中旬〜下旬に花をつける白萩の寺としても有名であり、13世海譽の元で弟子をしていた弟・秀雄のもとを伊達政宗が訪れたときに、庭にあった白萩を気に入り、所望するため送ったという白萩所望の文書も残る。また、多摩新四国八十八ヶ所第59番札所にもなっている。

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