2007年05月08日

東京散策 第38回

第38回 新宿・太宗寺を訪ねて<後編>
〜内藤新宿の信仰文化が生んだ都会の異空間〜

太宗寺写真3

太宗寺写真4


霞関山本覚院太宗寺
(かがんざん ほんがくいん たいそうじ)

宗派:浄土宗
本尊:阿弥陀仏
交通:地下鉄丸の内線・新宿御苑前駅 徒歩3分

太宗寺は、慶長年間(1596年〜1615年)に太宗という僧侶が建てた「太宗庵」が前身。太宗は、現在の新宿御苑一帯を下屋敷としていた内藤家の信望を得て、寛永6年(1629年)内藤家第5代正勝逝去の際には葬儀を一切とりしきり、墓所もこの地に置くことになった。これが縁で、寛文8年(1668年)6代重頼から寺領7396坪の寄進をうけ起立したのが、現在の太宗寺である。内藤家は7代清枚以後は歴代当主や一族が太宗寺に葬られるようになり、現在も墓所が営まれている。

ラベル:お寺 散策 東京 散歩
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2007年05月07日

東京散策 第37回

第37回 新宿・太宗寺を訪ねて<前編>
〜内藤新宿の信仰文化が生んだ都会の異空間〜

太宗寺写真1

太宗寺写真2


霞関山本覚院太宗寺
(かがんざん ほんがくいん たいそうじ)

宗派:浄土宗
本尊:阿弥陀仏
交通:地下鉄丸の内線・新宿御苑前駅 徒歩3分

太宗寺は、慶長年間(1596年〜1615年)に太宗という僧侶が建てた「太宗庵」が前身。太宗は、現在の新宿御苑一帯を下屋敷としていた内藤家の信望を得て、寛永6年(1629年)内藤家第5代正勝逝去の際には葬儀を一切とりしきり、墓所もこの地に置くことになった。これが縁で、寛文8年(1668年)6代重頼から寺領7396坪の寄進をうけ起立したのが、現在の太宗寺である。内藤家は7代清枚以後は歴代当主や一族が太宗寺に葬られるようになり、現在も墓所が営まれている。

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2007年05月06日

東京散策 第36回

第36回 品川・海雲寺を訪ねて<後編>
〜火伏せの荒神様が祀られているお寺〜

海雲寺写真3

海雲寺写真4


龍吟山 海雲寺
(りゅうぎんざん かいうんじ)

宗派:曹洞宗
本尊:十一面観音像
交通:京浜急行・青物横丁駅 徒歩5分

龍吟山海雲寺は建長3年(1251年)僧不山によって開基。はじめは庵瑞林(あんずいりん)といい、海晏寺境内にあって臨済宗であった。慶長元年(1596年)、海晏寺五世分外祖耕(ぶんがいそこう)大和尚を開山とし、曹洞宗に改められ、寛文元年(1661年)に海雲寺になった。本尊に十一面観音菩薩と、火と水の神である千躰荒神を祀る。3月と11月の27日、28日には、千躰荒神祭の参詣者で賑わう。

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2007年05月05日

東京散策 第35回

第35回 品川・海雲寺を訪ねて<前編>
〜火伏せの荒神様が祀られているお寺〜

海雲寺写真1

海雲寺写真2


龍吟山海雲寺
(りゅうぎんざん かいうんじ)

宗派:曹洞宗
本尊:十一面観音像
交通:京浜急行・青物横丁駅 徒歩5分

龍吟山海雲寺は建長3年(1251年)僧不山によって開基。はじめは庵瑞林(あんずいりん)といい、海晏寺境内にあって臨済宗であった。慶長元年(1596年)、海晏寺五世分外祖耕(ぶんがいそこう)大和尚を開山とし、曹洞宗に改められ、寛文元年(1661年)に海雲寺になった。本尊に十一面観音菩薩と、火と水の神である千躰荒神を祀る。3月と11月の27日、28日には、千躰荒神祭の参詣者で賑わう。

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2007年05月04日

東京散策 第34回

第34回 築地・本願寺を訪ねて<後編>
〜海の上に造られた、関東最大の念仏道場〜

築地本願寺写真3

築地本願寺写真4

本願寺築地別院
(ほんがんじ つきじべついん)

宗派:浄土真宗本願寺派
本尊:阿弥陀如来
交通:地下鉄日比谷線・築地駅下車 徒歩1分
   地下鉄有楽町線・新富町駅下車 徒歩5分

元和3(1617)年、京都西本願寺の別院として、第12代宗主准如上人に
よって建立。浅草近くの横山町にあったことから「江戸浅草御坊」と呼ばれていたが、明暦3(1657)年、有名な振袖火事で焼失。幕府の区画整理のため旧地への再建が許されず、その替え地として下付されたのが現在の場所。しかし当時は八丁堀の海の上だったので、佃島の門徒が中心になり海を埋め立てて土地を築き、延宝7(1679)年に再建。しかし、関東大震災で本堂が崩壊し。昭和9(1934)年に現在の本堂が完成した。

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2007年05月03日

東京散策 第33回

第33回 築地・本願寺を訪ねて<前編>
〜海の上に造られた、関東最大の念仏道場〜

築地本願寺写真1

築地本願寺写真2

本願寺築地別院
(ほんがんじ つきじべついん)

宗派:浄土真宗本願寺派
本尊:阿弥陀如来
交通:地下鉄日比谷線・築地駅下車 徒歩1分
   地下鉄有楽町線・新富町駅下車 徒歩5分

元和3(1617)年、京都西本願寺の別院として、第12代宗主准如上人に
よって建立。浅草近くの横山町にあったことから「江戸浅草御坊」と呼ばれていたが、明暦3(1657)年、有名な振袖火事で焼失。幕府の区画整理のため旧地への再建が許されず、その替え地として下付されたのが現在の場所。しかし当時は八丁堀の海の上だったので、佃島の門徒が中心になり海を埋め立てて土地を築き、延宝7(1679)年に再建。しかし、関東大震災で本堂が崩壊し。昭和9(1934)年に現在の本堂が完成した。

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2007年05月02日

東京散策 第32回

第32回 立川・普濟寺を訪ねて<後編>
〜武蔵国の歴史を伝える多摩の名刹〜

普濟寺写真4

普濟寺写真3

玄武山普濟寺
(げんぶさん ふさいじ)

宗派:臨済宗建長寺派
本尊:聖観世音菩薩
交通:JR立川駅下車 徒歩10分

玄武山普濟寺は、立川市の多摩川を望む高台にあり、多摩一円に末寺18ヶ寺を有する名刹である。その開創は古く、南北朝時代の文和2年(1353年)で、当時立川一帯を領有していた立川宮内少輔宗恒が、鎌倉建長寺から物外可什禅師を招いて開山とした。そして、その居城の一隅に一族の菩提寺として、一宇を建立したことにはじまる。「普濟寺」の名は、中国の佛教四大聖地の一つと同名。普は「あまねく」済は「すくう」という意味があり、「全ての人々を救済する」という大乗佛教の教えを示す名称。

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2007年05月01日

東京散策 第31回

第31回 立川・普濟寺を訪ねて<前編>
〜武蔵国の歴史を伝える多摩の名刹〜

普濟寺写真1

普濟寺写真2

玄武山普濟寺
(げんぶさん ふさいじ)

宗派:臨済宗建長寺派
本尊:聖観世音菩薩
交通:JR立川駅下車 徒歩10分

玄武山普濟寺は、立川市の多摩川を望む高台にあり、多摩一円に末寺18ヶ寺を有する名刹である。その開創は古く、南北朝時代の文和2年(1353年)で、当時立川一帯を領有していた立川宮内少輔宗恒が、鎌倉建長寺から物外可什禅師を招いて開山とした。そして、その居城の一隅に一族の菩提寺として、一宇を建立したことにはじまる。「普濟寺」の名は、中国の佛教四大聖地の一つと同名。普は「あまねく」済は「すくう」という意味があり、「全ての人々を救済する」という大乗佛教の教えを示す名称。

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2007年04月30日

東京散策 第30回

第30回 板橋・乗蓮寺を訪ねて<後編>
〜ひっそりと佇む東京大仏〜

乗蓮寺写真3

乗蓮寺写真4

赤塚山乗蓮寺
(あかつかやまじょうれんじ)

宗派:浄土宗
本尊:阿弥陀仏
交通:東武東上線 成増駅北口から、
   赤羽駅西口行(又は志村三丁目駅行)
   バス乗車6分。赤塚八丁目下車 徒歩5分
   都営三田線 西高島平駅より徒歩20分

乗蓮寺は「東京大仏」で有名なお寺である。開創は室町時代の応永年間(1394〜1428年)頃といわれており、開山は英蓮社了賢無的和尚。もと江戸四宿の一つ、中仙道の板橋宿の中心にあり、徳川歴代将軍の「御休処」だった。昭和48年に板橋区仲宿から現在の赤塚に移転。現在の立地は武蔵野台地の端に位置し、緑豊かな閑静な地域である。板橋十景のうち約半数が周辺に集まっており、赤塚城址・板橋区立美術館・区立赤塚植物園・都立赤塚公園・区立赤塚溜池公園などがあり、散策する人を多く見かける。

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2007年04月29日

東京散策 第29回

第29回 板橋・乗蓮寺を訪ねて<前編>
〜ひっそりと佇む東京大仏〜

乗蓮寺写真1

乗蓮寺写真2

赤塚山乗蓮寺
(あかつかやまじょうれんじ)

宗派:浄土宗
本尊:阿弥陀仏
交通:東武東上線 成増駅北口から、
   赤羽駅西口行(又は志村三丁目駅行)
   バス乗車6分。赤塚八丁目下車 徒歩5分
   都営三田線 西高島平駅より徒歩20分

乗蓮寺は「東京大仏」で有名なお寺である。開創は室町時代の応永年間(1394〜1428年)頃といわれており、開山は英蓮社了賢無的和尚。もと江戸四宿の一つ、中仙道の板橋宿の中心にあり、徳川歴代将軍の「御休処」だった。昭和48年に板橋区仲宿から現在の赤塚に移転。現在の立地は武蔵野台地の端に位置し、緑豊かな閑静な地域である。板橋十景のうち約半数が周辺に集まっており、赤塚城址・板橋区立美術館・区立赤塚植物園・都立赤塚公園・区立赤塚溜池公園などがあり、散策する人を多く見かける。

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