2007年04月28日

東京散策 第28回

第28回 中野・新井薬師を訪ねて<後編>
〜目の仏様と親しまれている町の寺院〜

新井薬師写真3

新井薬師写真4

新井山梅照院薬師寺
(あらいやまばいしょういんやくしじ)

宗派:真言宗豊山派
本尊:薬師如来と如意輪観音表裏二佛一体
交通:西武新宿線 新井薬師前駅下車 徒歩5分

梅照院は通称「新井薬師」と呼ばれ、目の薬師として親しまれている寺院。梅照院の本尊は、鎌倉時代の代表的な武将、新田家代々の守護仏だったが、南北朝の戦乱の中、消失。その後、相模国から行春という僧が新井の地に草庵を結んだ。すると不思議なことに、草庵の庭の梅の古木から光が出るという現象が夜毎に起こり、天正14年(1586年)その木の穴から尊像が発見され、その尊像を安置するためにお堂を建立したのが梅照院の始まりとされている。この本尊は、薬師如来と如意輪観音の二仏一体の黄金仏で、高さ一寸八分(約5.5cm)で弘法大師の作と伝えられている。

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2007年04月27日

東京散策 第27回

第27回 中野・新井薬師を訪ねて<前編>
〜目の仏様と親しまれている町の寺院〜

新井薬師写真1

新井薬師写真2


新井山梅照院薬師寺
(あらいやまばいしょういんやくしじ)

宗派:真言宗豊山派
本尊:薬師如来と如意輪観音表裏二佛一体
交通:西武新宿線 新井薬師前駅下車 徒歩5分

梅照院は通称「新井薬師」と呼ばれ、目の薬師として親しまれている寺院。梅照院の本尊は、鎌倉時代の代表的な武将、新田家代々の守護仏だったが、南北朝の戦乱の中、消失。その後、相模国から行春という僧が新井の地に草庵を結んだ。すると不思議なことに、草庵の庭の梅の古木から光が出るという現象が夜毎に起こり、天正14年(1586年)その木の穴から尊像が発見され、その尊像を安置するためにお堂を建立したのが梅照院の始まりとされている。この本尊は、薬師如来と如意輪観音の二仏一体の黄金仏で、高さ一寸八分(約5.5cm)で弘法大師の作と伝えられている。

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2007年04月26日

東京散策 第26回

第26回 小石川・源覚寺を訪ねて<後編>
〜庶民に親しまれる、こんにゃくえんま〜

源覚寺写真3

源覚寺写真4

常光山向西院源覚寺
(じょうこうざんこうさいいんげんかくじ)

宗派:浄土宗
本尊:阿弥陀如来
交通:地下鉄丸ノ内線・南北線、後楽園駅 徒歩3分
   地下鉄三田線・大江戸線、春日駅 徒歩3分

寛永元年(1624)、定誉随波上人により開山。「こんにゃくえんま」として知られ、健康とくに眼病治癒や、開運の祈願に多くの人が参拝に訪れる。建立後360年余りの間に幾度の火災や東京大空襲など被害に合うも改修を重ね、移動することなく創建時の場所に存在ている。門前一帯には古くから商業地が発達。信仰のメッカであると同時に、地域開発の目玉として重要な役割を果たしてきた。

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2007年04月25日

東京散策 第25回

第25回 小石川・源覚寺を訪ねて<前編>
〜庶民に親しまれる、こんにゃくえんま〜

源覚寺写真1

源覚寺写真2

常光山向西院源覚寺
(じょうこうざんこうさいいんげんかくじ)

宗派:浄土宗
本尊:阿弥陀如来
交通:地下鉄丸ノ内線・南北線、後楽園駅 徒歩3分
   地下鉄三田線・大江戸線、春日駅 徒歩3分

寛永元年(1624)、定誉随波上人により開山。「こんにゃくえんま」として知られ、健康とくに眼病治癒や、開運の祈願に多くの人が参拝に訪れる。建立後360年余りの間に幾度の火災や東京大空襲など被害に合うも改修を重ね、移動することなく創建時の場所に存在ている。門前一帯には古くから商業地が発達。信仰のメッカであると同時に、地域開発の目玉として重要な役割を果たしてきた。

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2007年04月24日

東京散策 第24回

第24回 西新井・總持寺を訪ねて<後編>
〜西新井大師として親しまれる、弘法大師開創の名刹〜

西新井大師写真3

西新井大師写真4

五智山遍照院総持寺
(ごちやま へんしょういん そうじじ)

宗派:真言宗豊山派
本尊:弘法大師
交通:東武鉄道大師線・大師駅 徒歩1分

西新井大師は天長3年、弘法大師によって開創された。諸国を巡る旅に出られた弘法大師が当地に立ち寄られたところ、日照りによる水不足で作物は枯れ、悪い病気が蔓延して人々が苦しんでいた。そこで、弘法大師自ら十一面観音の尊像を刻まれ、その残った木材で御自身の像を作り、すべての災厄はこの像が身代わりになるようにと、これを涸れ井戸に投じて21日間の御祈願をされた。するとその井戸からこんこんと泉が湧き出て、その水を病気の村人達に分け与えたところ、病がたちまち平癒したと言われている。また、その井戸がお寺の西側にあったことから「西新井」の地名がついたと伝えられている。

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2007年04月23日

東京散策 第23回

第23回 西新井・總持寺を訪ねて<前編>
〜西新井大師として親しまれる、弘法大師開創の名刹〜

西新井大師写真1

西新井大師写真2

五智山遍照院総持寺
(ごちやま へんしょういん そうじじ)

宗派:真言宗豊山派
本尊:弘法大師
交通:東武鉄道大師線・大師駅 徒歩1分

西新井大師は天長3年、弘法大師によって開創された。諸国を巡る旅に出られた弘法大師が当地に立ち寄られたところ、日照りによる水不足で作物は枯れ、悪い病気が蔓延して人々が苦しんでいた。そこで、弘法大師自ら十一面観音の尊像を刻まれ、その残った木材で御自身の像を作り、すべての災厄はこの像が身代わりになるようにと、これを涸れ井戸に投じて21日間の御祈願をされた。するとその井戸からこんこんと泉が湧き出て、その水を病気の村人達に分け与えたところ、病がたちまち平癒したと言われている。また、その井戸がお寺の西側にあったことから「西新井」の地名がついたと伝えられている。

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2007年04月22日

東京散策 第22回

第22回 品川・泉岳寺を訪ねて<後編>
〜源の泉、海岳に溢れる、忠臣蔵ゆかりの寺〜

泉岳寺写真3

泉岳寺写真4

萬松山泉岳寺
(ばんしょうざんせんがくじ)

宗派:曹洞宗
本尊:釈迦如来
交通:JR線品川駅高輪口 徒歩15分
   都営浅草線泉岳寺駅A2出口 徒歩3分

泉岳寺は、慶長17年(1612年)に、門庵宗関和尚(今川義元の孫)を拝請して、徳川家康が外桜田(現在のホテルオークラの近く)に創立した寺院。寛永18年(1641年)の大火によって焼失し、現在の高輪の地に移転してきた。時の将軍家光が高輪泉岳寺の復興がままならない様子を見て、毛利・浅野・朽木・丹羽・水谷の五大名に命じ、高輪に移転し再建された。一般的には「忠臣蔵」の赤穂義士のお墓があることで名が知られているが、創建時より七堂伽藍を完備して、諸国の僧侶二百名近くが参学する叢林として、また曹洞宗江戸三か寺ならびに三学寮の一つとして名を馳せていた。その伝統は現在も引き継がれており、人数は少ないものの、大学で仏教を学びつつ泉岳寺で修行を勤めるという若い修行僧が現在もいる。

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2007年04月21日

東京散策 第21回

第21回 品川・泉岳寺を訪ねて<前編>
〜源の泉、海岳に溢れる、忠臣蔵ゆかりの寺〜

泉岳寺写真1

泉岳寺写真2

萬松山泉岳寺
(ばんしょうざんせんがくじ)

宗派:曹洞宗
本尊:釈迦如来
交通:JR線品川駅高輪口 徒歩15分
   都営浅草線泉岳寺駅A2出口 徒歩3分

泉岳寺は、慶長17年(1612年)に、門庵宗関和尚(今川義元の孫)を拝請して、徳川家康が外桜田(現在のホテルオークラの近く)に創立した寺院。寛永18年(1641年)の大火によって焼失し、現在の高輪の地に移転してきた。時の将軍家光が高輪泉岳寺の復興がままならない様子を見て、毛利・浅野・朽木・丹羽・水谷の五大名に命じ、高輪に移転し再建された。一般的には「忠臣蔵」の赤穂義士のお墓があることで名が知られているが、創建時より七堂伽藍を完備して、諸国の僧侶二百名近くが参学する叢林として、また曹洞宗江戸三か寺ならびに三学寮の一つとして名を馳せていた。その伝統は現在も引き継がれており、人数は少ないものの、大学で仏教を学びつつ泉岳寺で修行を勤めるという若い修行僧が現在もいる。

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2007年04月20日

東京散策 第20回

第20回 日野・金剛寺を訪ねて<後編>
〜高幡不動として親しまれる、土方歳三の菩提寺〜

高幡不動写真3

高幡不動写真4

高幡山明王院金剛寺
(たかはたさんみょうおういんこんごうじ)

宗派:真言宗智山派(別格本山)
本尊:不動明王
交通:京王線高幡不動駅南口下車 徒歩5分
   多摩モノレール高幡不動駅下車 徒歩5分

古来関東三不動の一つに挙げられ、高幡不動尊として親しまれている。1100年前、平安時代初期に慈覚大師円仁が山中に不動堂を建立し、不動明王を安置したのに始まる。足利時代の高幡不動尊は「汗かき不動」と呼ばれ、鎌倉公方をはじめとする戦国武将の尊祟をあつめた。江戸時代には関東十一檀林に数えられ、火防の不動尊として広く庶民の信仰をあつめる。総重量1100キロを超える巨像で、古来日本一と伝えられた重文丈六不動三尊は、此の度千年ぶりの修復作業が完了し、現在奥殿に安置されている。

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2007年04月19日

東京散策 第19回

第19回 日野・金剛寺を訪ねて<前編>
〜高幡不動として親しまれる、土方歳三の菩提寺〜

高幡不動写真1

高幡不動写真2

高幡山明王院金剛寺
(たかはたさんみょうおういんこんごうじ)

宗派:真言宗智山派(別格本山)
本尊:不動明王
交通:京王線高幡不動駅南口下車 徒歩5分
   多摩モノレール高幡不動駅下車 徒歩5分

古来関東三不動の一つに挙げられ、高幡不動尊として親しまれている。1100年前、平安時代初期に慈覚大師円仁が山中に不動堂を建立し、不動明王を安置したのに始まる。足利時代の高幡不動尊は「汗かき不動」と呼ばれ、鎌倉公方をはじめとする戦国武将の尊祟をあつめた。江戸時代には関東十一檀林に数えられ、火防の不動尊として広く庶民の信仰をあつめる。総重量1100キロを超える巨像で、古来日本一と伝えられた重文丈六不動三尊は、此の度千年ぶりの修復作業が完了し、現在奥殿に安置されている。

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